微笑む人(テレビドラマ)

つれづれ
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昨夜(2020年3/1)、たまたまだったがテレビで「微笑む人」というスペシャルドラマをみた。

貫井徳郎の小説のドラマ化で、だいぶ小説とは違っている部分もあるらしいが、本のほうは未読。

たまたまテレビを見たので途中からだったのだけど、とても興味深いテーマだった。
色々賛否両論あるだろうけど。

ドラマは松坂桃李尾野真千子がメインキャスト。

松坂桃李が妻と娘を殺した殺人犯で尾野真千子は雑誌の記者。
殺人の理由を求めて尾野真千子が真相追及に動くって話。

この事件が異様な事件でね、松坂は穏やかでよい人で優秀で大手銀行に勤めるエリートなのだ。
けれどその彼が妻と3歳の子供を殺める。彼が供述した理由が「本の置く場所がなかったから

尾野真千子は到底納得がいかなかった。
そんな理由であるはずがない。他に理由があるはずだ、もしくは彼は犯人ではなく誰かをかばっているのではないか。事件の真相をジャーナリストとして暴こうとする。

そりゃね、尾野ちゃんじゃなくてもそう考えるよね。
将来も約束されてるような優秀な銀行マンで部下からも素晴らしい人とか言われていた男が、本を置く場所がないから愛妻と子供を殺すとかね。理解できないよね。なんだよそれ。
精神鑑定でも異常者じゃなかったようだ。

もっとわかりやすい事実があるはずだ、そう思うよね。一番わかりやすいのは彼は誰かをかばっているいい人なのだと。そうだとみんな納得できる。

で、その線で尾野ちゃんは動くわけね。
ところが調べていくと別の面が出てくる。過去にも松坂桃李の周りでは不審な死があった。銀行マンの先輩だ。彼が亡くなったため松坂は出世できたのだ。
また、他の部下からは「ミスした時(桃李に)とても恐ろしい目で見られたことがあって、それ以来絶対ミスしないように気を使った」と告白される。桃李のあの目は人も殺す目だったと。

彼がやはり殺人者なのか。だとしたら本当の理由は

出世のために先輩を殺す、というのはこの場合は理由として弱かった。なぜなら桃李はもうじき同じ地位に昇進することになっていて、それが待てず殺すというのは普通に考えておかしいんじゃないか。

尾野真千子は殺された松坂の奥さんがその死んだ(殺された)先輩銀行マンと関係を持ってたんじゃないかと考え(もしや子供も・・)、刑務所に面会に行き直に桃李にその質問をぶつける。
彼はびっくりしたようにそんなことは考えなかったと言い、やはり理由は本の置き場がなかったからだと。
そして面会の終わり際に「先輩の椅子は空調が直接あたらず快適だった」と衝撃的なことを呟くわけだ。
尾野ちゃん驚愕「空調があたらない席に座りたくて先輩銀行マンを殺したんですか!?

このように理解してこうだろうと思おうとすればするほど混乱は深まる。
わかろうとすればするほどわからなくなる。普通じゃなくなる。
ところで普通ってなんだろうか

このドラマを、もしくは小説を(僕は読んでないけど)、ただのミステリーだと考えてはいけない。ミステリーととらえれば不完全燃焼で面白くないかもしれない。がっかりするかもしれない。
ネタバレで言えば、このミステリーには答えがない。松坂桃李が犯人かどうか結果としてわからない(犯人だろうけど)。動機だって最後まで説明はないのだから。種明かし的なものはない。

これは哲学のお話だ
人は人を理解することなんてできないのだという身も蓋もない話なのだ。
でもそれはまるきし真実だ。皆わかった気になって満足しているだけなのだ。

巷でも何か事件があれば犯人はこんな人間だ、となる。もしくは「とても彼がそんなことをするなんて信じられません」
一生懸命分析しようとする。もしくは一生懸命非難しようとする。
でもすべからく的外れなんだ。
みんな普通をもとめ、普通を知っていると思っているけど普通と異常という二元的に人間は定義できない。もともと定義とは誰の定義であるのか。

芸能人が不倫する。あの男(女)は最低だ。何度も同じようなことをしてきたのだ。許すな。奥さん(旦那さん)がとてもかわいそうだ。
・・・何がわかるのか。

みなわかった風に思い込むだけだ。思い込みたいだけだ。
でもそれこそ恐ろしくて醜いことだ。「私になにがわかるのか」、そこを疑いもしない。他者をわかるなんてありえないのに

普通ってなんなのか。誰が決めた普通なのか。それを深く考えていず普通をもとめる。
誰が決めた?みんなが普通そうって思っているわよ。
ほんとにそう?隣の人も思っている?外国の方は?松坂桃李(が演じている元銀行マン)は?

他者をわかった気になりたがるのは、不安だからだ。自分にわからないということがとても不安だからだ。
だから自分の解釈だけで相手を決めつけ、決められるから非難さえできる。普通ってそんな基準だ。

しかし他者を自分がわかるというのはある意味傲慢すぎる話じゃないか。
真実はどこにあるのか?ってそもそも真実とはなにか。
目の前に起こっていることだけが真実で、自分が納得できること理解できることが真実っていうわけじゃないだろう。
しかし多くの人は真実とは自分が理解できるもの、たどり着けるものと信じている。もしくはどうしても相手の真実が自分に理解できそうもなければその人は「異常な人」のくくりで終わらせるしかないか。

尾野真千子も真実はどこかにあるはずだとさらに過去をさかのぼる。
普通はそんな理由で人を殺したりしない。でなきゃ異常者だ、と。
桃李が大学生のときやはり友人の一人が死んでいる。そして桃李の手にはその友人の持っていた入手困難だったゲーム機があった。友人の死の直後に。
当時、桃李が付き合っていた女性がいた。その彼女も友人が死んだときから桃李が気味悪い存在に見えて別れていた。ちなみにその元カノの名前は殺された奥さんと同じ「抄子」

なんか見えてきた気がする。彼は欲しいものがあると簡単に人を排除しようとするサイコパスなのか。やはりそうか。

尾野ちゃんはとうとう桃李が小学生の時の事件にたどり着く。
その証言者は桃李の小学校の同級生、その名も「抄子」(大学時代の彼女とはもちろん別人)
遠い昔の話だが証言者・抄子に性的虐待を繰り返す義父を義憤にかられた桃李少年が階段から突き落として殺害する計画をたてた。
しかし小学生だった桃李少年は直前でびびって動けなかったのだ。そこで抄子が義父を突き落とし、「なぁんだこんな簡単なことだったんだ」と笑顔をみせる。
あまりの衝撃的な証言者・抄子の話に尾野ちゃんは固まってしまう。しかし彼女はとうとう真実を知ったのだ。
桃李少年のその原体験が「邪魔なものは排除すればいい」っていう安易な発想を植え付けたのだ。そしてその手本となっり、たぶん初恋の相手だっただろう抄子の名前に固執しているのだ。これが真実だ。納得がいった。
こうして彼女はついに週刊誌の巻頭特集を書き上げる。

やっと殺人鬼を理解したと尾野ちゃん意気揚々と刑務所に面会に行き、桃李に記事を見せる。どうだとくダネだぜ。
しかし彼は言う。「かわいそうに。その記事は成立しない」

たしかに抄子は彼の初恋の子だったけど、抄子はそんな家庭の子じゃなかったと。両親は早くに死んで大金持ちの祖父に育てられたんだと。
性的虐待の事件もあったけれど、それは別の話で「男の子」であったと。

それでは取材を受けた「抄子」は誰だったのか。男だったのか。ニューハーフ!?え、どーゆーこと?

桃李はいう
人って分からないものですからね。人間ってそんな単純なものじゃないんですよ。あなたは身近な人が何を考えているかわかりますか?
他人の心の中なんて心理学者だって全てがわからない。家族のこと、親のこと旦那さんや奥さんのことだって全ては分かりようがない。
でもみんなそうやって生活している。なのに殺人犯のことになるとその心理を理解しないといけないんですか?

でもね理解できる結末なんて現実の世界には存在しないんですよ

証言者の抄子はもう連絡が取れなくなっていた。

呆然としながら尾野真千子が家に帰るとそこには夫の不倫の証拠が。いつもニコニコと専業主夫をして善人そうだった夫。
証拠を突き付けられても平然としている尾野真千子の夫の微笑みはあの殺人者と似ていた。

僕はここでドラマを終わらしてもよかったかなと思うのだけど。

さらにネタバレすれば尾野ちゃんは衝動的に夫を殺してしまう。微笑んでる夫を刺してしまうのだ。そして刑務所のなかで桃李とすれ違うのだった。同じ殺人犯として。

僕がこのドラマに惹かれたのは、現実はドラマや小説のようにすべて理解できるものではないというところだ。
ただわかった気になるだけで、絶対に他者のことはわからないのだ。生きていて起こる事柄に結末なんてなく、現実はその先も続いていくもんだ。ただ事実だけが積み重なっていく。
それをあるところで受け入れるしかない。人を理解するというのは受け入れるということだ

普通、って言葉や概念はとても便利だ。でも生きて経験をすればするほど、この普通って言葉にしっくりこないものを感じる。それを安易に発せられるとイラっともするんだ僕は。
人にはどうやったって距離がある。人がどうするかなんて全て理解し自分の中でコントロールしようなんてありえない。受け入れるしかない。

彼女が夫を殺したと聞いた時の本を読みながら言った桃李の言葉が残る。
「あまり驚きませんね。人間ですからそういうことがあってもおかしくないんじゃ無いでしょうか

ぞわっとしたな。怖いんじゃなく。
つか、彼ほんと本好きなんだね。
松坂桃李って思いのほかすごい役者ね。
ひさびさに面白くテレビドラマを見た。
ぜんぜん素敵な話じゃないんだよ。見終わった後もやもやするんだよ。
そのもやもやがよかった。
本も読まんとあかんかな。

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